もともと要領を得ない話し方をする彼は、イエスともノーともつかず延々と話し始めた。「まだ正式にうちの親の承諾を取ってないし、これ以上の金額になれば、恵比寿に住んでいる都心派の彼女までがきっと反対するだろうし、2000万円台なら僕らでも決められるのですが、それ以上になると自分もこわいし、そうすると今度は向こうの親が出てきて、結婚の話自体おかしくなって……」ナイスミドルがI君のごたくをほとんど聞いていないと感じた私は、勝負に出た。
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「F夫妻はすでに何軒かのマンションを見ていて、ここがダメなら多少駅から遠くても、立川のMグランディアか、横浜のTKタワーを検討するそうです。この不景気でFさんの今後の給与も下がるかもしれない。銀行さんも三期分の所得証明を見て、買うのなら今しかないと言ってらっしゃいました。ですから、無理ならはっきり断っていただいた方がいいのです」F夫妻は何度も電卓を叩く営業責任者の指先を見ていた。カチャ、カチャ、カチャ。沈黙が事務所の空気を重たいものに変えていった。何度も試算する彼の本意はどこにあるのか。簡単に値切らせないぞという単なるゼスチャーなのか。入ってきた時とはうって変わって、すっかり険しい表情のナイスミドルは、「本当にもう少しだけ足してもらえませんか。そうすれば会社にお二組ご購入されるということで、審議を上げてみます」とI君に詰め寄った。話が長くなりそうなI君をさえぎるように、私が言った。「あと50万ぐらいなら、あなたの貯金を崩せばいいじゃない。2850万が2900万になっても、あとは住宅ローンに通るかどうか、結果を見るしかないわ。月々の支払いはそれほど変わらないのだから」「そーうですねえ、貯金は結婚式のために使う予定で……」I君はブツブツ言い始めた。その時、Fの妻がここぞとばかりに布石を打った。「うちは絶対3300以上無理ですから。これ以上価格が上がるのであれば申し込みはしません」慌てた責任者はI君に2900万円でいいですねと、寄り切った。彼がええ、まあと答えると、その後、責任者は思い切りうーんとうなった挙げ句、どうなるかわかりませんが、購入希望価格を入れた申込書を書いて下さいと、分厚いファイルの中から書類を各々の前に差し出した。