3つにわけられる不動産バブル

2011.10.28

3つのグループに分けることができる。第1のバブルは、1960年代の高度経済成長の中で、工業用地に対する宍要が急増した影響で工場用地が高騰した。また、70年代の大都市およびその周辺地域に人口が集中して宅地需要が増大し、これらの実需の増加をもとに「列島改造ブーム」が起こり、全用途で地価が高騰した。こうしたバブルは工業の成長、人口の増加、都市化の進展などを背景とした、景気拡大や賃金・物価の上昇をともなうバブルであり、経済成長期のバブルと呼ぶべきものである。

[参考サイトのご紹介]
> 市原市の新築一戸建て
> 茨木市の新築マンション
> 国立市の賃貸
> 東村山市の新築マンション
> 千葉都市モノレール(県庁前)の新築マンション

ところが第2のバブル、すなわち80年代後半から90年あたりに起きたバブルは、第1のグループとは異なり、物価が安定しているときに生じた低金利下のバブルである。一時は「日本の土地価格の総額が、米国全土の土地価格と等しい」とまで噂されるほど土地は高騰した。この2番目のバブルの引き金は85年のプラザ合意とされている。ドル高・貿易赤字に苦しんでいた米国が、G5諸国(日本、米国、英国、西ドイツ、フランス)とともに為替市場に協調介入することを決めた。これにより日本は急激な円高となり、不況を防止するために公定歩合を2・5%まで引き下げ、その後も低金利を継続した。この金融緩和は国際公約と認識されていたため、低金利が長期化し、国内の余剰資金が銀行・生保を通じ、不動産に大量に流入したのである。3番目のバブルは、2番目のバブル崩壊後の長い不況を抜け、日本に不動産証券化という、不動産に流動性と直接金融という2つの強力な羽を与える仕組みが導入されたことで引き起こされた。TJ‐RETITをはじめとする証券化商品が、海外の投資マネーを呼び込む。03年前後から07年のサブプライムローン(信用力の低い個人向け住宅融資)破綻まで続く、極めて局地的なバブルだった。




Yahoo! JAPAN